神田うのさんといえば、現在はセレブタレントとして知られていますが、若い頃はどんな活動をしていたのでしょうか?
実は14歳という若さでモデルデビューし、その後バラエティ番組でKYキャラとして大ブレイクした経歴があります。
この記事では、神田うのさんの若い頃のモデル活動やテレビ出演、そして話題になったエピソードについて詳しくご紹介します。
神田うのは若い頃に14歳でモデルデビュー!17歳で雑誌プチセブンに登場

神田うのさんは1975年生まれで、14歳という若さでモデル事務所に所属しました。
1989年からモデル活動を開始し、17歳の頃には雑誌『プチセブン』でモデルデビューを果たしています。
本人も後に「元々芸能界には興味がなかったが、ファッションが大好きで”きれいな洋服をたくさん着られる”と思い仕事を始めた」と語っています。
つまり、ファッションへの情熱が芸能界入りのきっかけだったのです。
19歳の1994年には、バラエティ番組『学校では教えてくれないこと!!』などでテレビ進出を果たしました。
モデルとしてのキャリアを積みながら、テレビタレントとしても活動の幅を広げていったのです。
神田うのは若い頃のKY発言が話題に!バラエティ番組で高飛車キャラ確立

テレビ初出演直後から、神田うのさんは率直な物言いで注目を集めました。
高飛車な発言や他人の話に割り込むKY(空気の読めない)キャラで一躍ブレイクしたのです。
後年のバラエティ番組『しくじり先生』では、「一般的な家庭の食生活がわからない」「うのって、なんでこんなにスカウトされるのかな~?」など、自身の過去のKY発言を振り返って紹介しました。
2016年の同番組では、長女のお弁当に高級食材(松茸・飛騨牛)を詰めてネット炎上した事件も告白しています。
さらに2025年2月の生放送『ぽかぽか』(フジテレビ系)では、フジテレビ前社長・港浩一氏を「港っち」と呼び「芸能界のパパみたいな存在」と語りました。
CM明けに投げキッスを連発する一幕がスタジオを騒然とさせ、視聴者からは「相変わらず空気が読めないw」というツイートが飛び交いました。
こうした遠慮のない言動により、デビュー翌年から「嫌いな人ランキング」で1位を11回受賞するほど国民的に嫌われキャラになりました。
しかし本人は後年に「KYだと自覚している」と語り、批判をネタにするポジティブな姿勢に転じています。
神田うのは若い頃からファッションビジネスを展開!ブランド立ち上げの経緯

ファッション好きとして知られる神田うのさんは、自身のセンスを生かしてデザイン活動も展開しました。
1999年には毛皮メーカーとの協業でファッションブランド「Costa Moda Uno」を発表し、サングラスブランド「U-NO」も立ち上げています。
特に2008年にはグンゼとコラボしたオリジナル柄ストッキング『Tuche ラッキーセブン ガーターパンスト』を企画・販売し、大きな話題を呼びました。
このように神田さんは衣料品や雑貨のデザインにも携わり、自らの名前を冠したファッションビジネスで成功を収めています。
ストッキング・下着、ウエディングドレスブランドなど幅広く展開し、後年には「パンスト御殿」と呼ばれる豪邸を建てるなど派手な私生活も注目を浴びました。
結婚式を9回も挙げるなど派手なプライベートがマスコミを賑わせ、ブログで海外旅行や高級レストランでの食事の様子を公開して批判を浴びることもありました。
まとめ
神田うのさんの若い頃は、14歳でモデルデビューし、17歳で雑誌『プチセブン』に登場するなど早くから活躍していました。
19歳でテレビ進出を果たすと、KY発言や高飛車キャラで一躍ブレイクし、バラエティ番組で存在感を示しました。
また、ファッションへの情熱から自身のブランドを立ち上げ、ストッキングやウエディングドレスなどのビジネスで成功を収めています。
若い頃から現在に至るまで、率直すぎる言動と華やかなファッションセンスで常に話題を提供し続けているのが神田うのさんなのです。

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