フリーアナウンサーとして現在も活躍中の草野満代さん。
ラジオ番組のパーソナリティとしても人気ですが、若い頃はNHKアナウンサーとして数々の番組で活躍されていました。
今回は、草野満代さんの若い頃の経歴や、NHK時代の活躍、そして原辰徳さんや松木安太郎さんとの共演エピソードについて調べてみました!
草野満代の若い頃の経歴と学生時代

草野満代さんは1967年に岐阜県福岡町(現中津川市)で生まれました。
岐阜県立恵那高校理数科を卒業後、津田塾大学学芸学部数学科に進学しています。
両親の希望で東京の女子大に進学した草野さんですが、大学時代は男女雇用機会均等法施行前夜という時代背景もあり、女性の働き方について仲間と熱心に議論を重ねていたそうです。
そして「出会いを通じて成長したい」との思いから、報道界を志すようになりました。
1989年にNHKに入局し、研修を経て金沢放送局へ配属されます。
草野さんは同局初の女性アナウンサーとして、新しい道を切り開いていったのです。
NHK時代の若い頃の活躍と担当番組

金沢放送局時代の草野さんは、地元高校野球の実況取材にも挑戦しました。
在籍2年目には、当時星稜高校1年生だった松井秀喜選手にインタビューする機会も得ています。
後にMLBヤンキースで活躍する松井選手との貴重な出会いですね!
1991年に東京アナウンス室へ転属すると、草野さんの活躍の場はさらに広がります。
NHK朝のニュース『おはよう日本』では隔週交代のメインキャスターを務め、『NHKモーニングワイド』のキャスターも経験しました。
スポーツ番組では『サンデースポーツ』『サタデースポーツ』の司会を長期間担当し、野球解説者やサッカー解説者と共演しました。
さらに、1994年リレハンメル冬季五輪と1996年アトランタ夏季五輪では現地キャスターとして実況・リポートを担当しています。
そして1995年・96年には『NHK紅白歌合戦』の総合司会に抜擢されるという快挙を成し遂げました!
若い頃から実力を認められ、NHKの看板番組を次々と任されていたことがわかりますね。
原辰徳や松木安太郎との共演時代の写真とエピソード

草野さんの若い頃の写真で話題になったのが、原辰徳さんとのツーショット写真です。
原さんは当時34歳で『サンデースポーツ』のコメンテーターを務めており、20代半ばの草野さんと共演していました。
この写真は2018年に草野さん自身のラジオ番組で「若き日の宝物写真」として披露され、大きな話題になりました!

また、サッカー解説者の松木安太郎さんとの2ショット写真も公開されています。
『サタデースポーツ』担当時の写真で、2018年の番組企画では「どっちのみっちゃん(草野)がお好みか」を投票する企画も実施され、ファンから楽しまれました。
草野さんは仕事上の失敗談もユーモアを交えて語っています。
新人時代、金沢での最初の講演中に緊張で過呼吸に陥り倒れてしまい、病院搬送されたことがあったそうです。
また初めてテレビでローカルニュースを読む際には早口になりすぎて時間が余り、慌ててキャスター席ごとカメラ前からフェードアウトするという苦い経験もあったとか。
フリー転向後の海外取材でのエピソードも有名です。
海外ホテルの朝食レストランでゆで卵を注文した際、ウェイターに「何分茹でますか?」と英語で尋ねられ、あがった草野さんは「6 month(6か月)」と答えてしまったそうです!
以後、滞在中は同僚から毎朝「6 month!」とからかわれ続けたそうですが、本人は「最高の笑い話」として振り返っています。
まとめ
今回は草野満代さんの若い頃について調べてみました。
津田塾大学から1989年にNHK入局し、金沢放送局を経て東京で『おはよう日本』『サンデースポーツ』『紅白歌合戦』など数々の看板番組を担当されていました。
原辰徳さんや松木安太郎さんとの共演写真も話題になり、若い頃から実力と人気を兼ね備えたアナウンサーだったことがわかりますね!
失敗談も笑いに変えるポジティブな人柄も魅力的です。
今後も草野満代さんのご活躍を応援していきたいですね!

			
			
			
			
			
			
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