坂下千里子さんといえば、バラエティ番組で活躍する、明るいキャラクターが印象的ですよね。
実は、彼女の芸能界デビューには、意外なきっかけがあったんです。
今回は、坂下千里子さんの若い頃について、デビューの経緯やブレイクのきっかけ、印象的なエピソードをまとめました。
坂下千里子の若い頃のデビューは失恋がきっかけだった

坂下千里子さんは、1976年京都市生まれで、京都府立東宇治高校を卒業しています。
芸能界デビューのきっかけは、なんと高校2年生の時の失恋だったんです。
好きだった先輩から「別の子と付き合うことになった」と告白され、ショックを受けた坂下さん。
同じ8月10日に、京都の花火大会に行きたくないと考え、たまたま見つけたアルペンのCMイメージガール・オーディションに応募したそうです。
「宇治にいたくない理由はオーディションしかない」とヤケクソで挑んだこのオーディションで、なんとグランプリを受賞してしまいます。
坂下さん本人も、後年のインタビューで「もし先輩と付き合っていたら今はいない」と笑って振り返っています。
元々は女優志望で、事務所の先輩である石田ゆり子さんのようになることを目指していたそうです。
デビュー後は、一時期グラビアを中心に活動しましたが成果が出ず、大学生活を送る日々が続きました。
坂下千里子が若い頃にブレイクしたのは美脚CM

坂下千里子さんの転機となったのは、1997年のTBS系情報番組『王様のブランチ』のリポーター抜擢でした。
通称「ブラン娘」として出演し、徐々に人気が出始めます。
そして本格的な、ブレイクのきっかけとなったのが、エステサロン「スリムビューティハウス」のCMです。
このCMで披露した美脚が「バッチリ、チリ脚!」のキャッチフレーズとともに大きな話題となりました。
実は坂下さんは、幼少期にバレエを習っており、その脚力を活かした演出が注目を集めたんです。
この頃から、バラエティ番組への出演が増え、2001年から2006年までフジテレビ系『森田一義アワー 笑っていいとも!』のレギュラー出演などでお茶の間の人気者となりました。
2002年からは、フジテレビ系旅行バラエティ『もしもツアーズ』の初代ツアーガイドとして出演し、バス移動中にカラオケで盛り上げるなどムードメーカーとして活躍しました。
坂下千里子の若い頃の印象的なバラエティエピソード

若手リポーター時代の坂下さんには、印象的なエピソードがたくさんあります。
『王様のブランチ』の企画で、東京ディズニーランドに行った際、「ミッキー!」「やばーい!」と大はしゃぎしてしまったそうです。
放送後にプロデューサーから「仕事なのに素でこんなにはしゃぐなんて!」と叱られたものの、その回の視聴率は逆に急上昇したんです。
坂下さん自身は「なんなんだ、この世界は!?」と驚いたと語っており、天然なキャラクターが早くも注目されるエピソードになりました。
また、元々女優志望だった坂下さんは、バラエティを「小遣い稼ぎ」と揶揄された経験に傷ついたこともあったそうです。
そんな中、漫才コンビ・ホンジャマカの恵俊彰さんから「ドラマは番組が決まってるから抜け出せないけど、バラエティは誰が主役になってもいい」と言われ、心が救われたと回想しています。
この言葉で、バラエティの世界にやりがいを見いだし、以降も積極的に番組出演を続けることになりました。
まとめ
今回は、坂下千里子さんの若い頃について、デビューのきっかけやブレイクの経緯、印象的なエピソードをお届けしました。
失恋がきっかけでヤケクソで受けたオーディションが、まさか芸能界デビューにつながるとは驚きですよね。
美脚CMで一躍有名になり、その後もバラエティ番組で活躍し続ける坂下さんの明るいキャラクターは、若い頃から変わらず魅力的です。
今後のご活躍も楽しみですね。

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