女優として、長年活躍している吹石一恵さん。
現在は、福山雅治さんの妻としても知られていますが、若い頃はどんな活動をしていたのでしょうか?
実は、吹石一恵さんは1歳の頃からCMに出演していたんです!
この記事では、吹石一恵さんの若い頃について、デビューから写真集発売まで詳しくお伝えします。
吹石一恵の若い頃は1歳からCMデビュー!小学生美人コンテスト準優勝の経歴

吹石一恵さんは、奈良県出身で、1歳の頃には紙おむつ「メリーズ」のCMキャラクターとしてデビューしています。
父親がプロ野球選手というスポーツ一家に育ち、幼い頃から芸能活動に親しんでいました。
小学4年生(10歳)の頃には、関西ローカル番組『わいわいサタデー』の「小学生美人コンテスト」に出場。
準優勝を果たし、早くから注目を集める存在となりました。
ただし、吹石一恵さん本人によれば、幼少期から厳しくしつけられていたそうです。
両親の「学業優先」の方針により、高校卒業までは連続ドラマへの出演は禁じられていました。
中学・高校時代は大阪・梅田を拠点とする舞夢プロの演劇グループ「魔女ランド倶楽部」のメンバーとして、舞台やライブなど関西で活躍していたんです。
俳優養成所にも通っていましたが、親の方針で学業を優先し、地元以外の長期ロケにもほとんど行かず育ちました。
そして、高校卒業と同時に上京し、女優として本格デビューへの道を歩み始めることになります。
吹石一恵の若い頃の代表作は?ときめきメモリアル藤崎詩織役で女優デビュー

1997年、吹石一恵さんはゲームの映画化『ときめきメモリアル』でヒロイン・藤崎詩織役に抜擢され、メジャーデビューを果たしました。
同作では広瀬香美さんプロデュースのテーマソング「セピアの夏のフォトグラフ」を歌い、歌手デビューも果たしています。
フジテレビの「ビジュアルクイーン・オブ・ザ・イヤー」にも選ばれ、アイドル女優として順調な滑り出しとなりました。
1999年には、NHK総合ドラマ『女性捜査官アイキャッチャー』で、弟を亡くした女子高生役、という難役に挑戦。
後に「苦労したが女優としていい経験になった」と語っています。
同年夏にはビクター・甲子園ポスターのモデルも務め、ティーン向け映画・ドラマでの露出を重ねていきました。
2001年には、初主演映画『あしたはきっと…』が公開され、高校2年生の空手部員役を演じました。
この作品の撮影では、吹石一恵さん自身が小学校2年生から6年間習っていた空手を披露しています。
後のインタビューで「空手は撮影のためでなく幼少時から6年続けていた」と語っており、若い頃から努力家だったことがわかりますね。
同年11月公開の韓国映画リメイク『時の香り〜リメンバー・ミー〜』でも主演を務め、活躍の幅を広げていきました。
吹石一恵の若い頃の写真集が話題に!20歳の集大成として発売されたFUKIISHI

2002年、吹石一恵さんは資生堂「アネッサ」のCMに出演し、同時に写真集・DVD『FUKIISHI』を発売しました。
「水着グラビアは卒業」と宣言していたものの、同名写真集では本人の意思で”最後”の大胆なビキニ姿を披露しています。
撮影の舞台となったハワイ島で自然と触れ合い、吹石一恵さんは「野生のカメと一緒に泳いだことが印象に残っている」と語っています。
写真集発売時には「これは私の10代の集大成。応援してくれたファンへの”ラブレターその1″」とコメントし、自身20歳の節目を祝っていました。
ちなみに「卒業宣言」を破って水着復帰した件については、公式サイトで、事務所を通じて謝罪コメントを出しています。
2002年後半にはNHKドラマ『ロッカーのハナコさん』で悩める新人OL役を演じ、コメディエンヌ的な演技でも好評を博しました。
2003年以降も、映画『ウルトラマンコスモスVSウルトラマンジャスティス』では女性ウルトラマン・ジュリ役を演じ「初の女性ウルトラマン」と話題になりました。
2004年公開のホラー『着信アリ』では、ショッキングな役どころに挑み、同年の大河ドラマ『新選組!』では初めて男装にも挑戦しています。
大学の卒業論文のテーマは「脚本における日本語」で、三谷幸喜脚本の『新選組!』を題材にしたといい、学業でも熱心に取り組んでいたことがうかがえます。
まとめ
今回は、吹石一恵さんの若い頃について、詳しくお伝えしました。
1歳でCMデビューし、小学生美人コンテストで準優勝、そして『ときめきメモリアル』で女優デビューと、若い頃から華々しい経歴を持っていたんですね。
20歳の時に発売した写真集『FUKIISHI』は、10代の集大成として話題になりました。
厳しい家庭環境で育ちながらも、学業と芸能活動を両立させ、現在の活躍につながっているのでしょう。
今後も、吹石一恵さんの活躍から目が離せませんね!

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